なつかしの薪置き場 (作業班の歴史 その2)

最初の作業は、本格的な薪置き場づくり。枕木と材木の組み合わせ。このとき初めて

ペンキ塗りにも挑戦した。出来上がったのは、今は増築されている部分の軒下。

誰にも文句を言わせない格好の良い薪置き場となった。

ストーブの季節には、ここの戸を開けて薪を取り込んだ思い出。

「なつかしの薪置き場」という名前は、これを担当したN親方とK主任(当時)の

苗字を並べてみたものだが、これは例えば〈なつかライト〉なんかと

比べてポピュラーにはならなかった。 さておき下の写真(アルバムから複写)がそれ。

第一作業班にとっては今振り返れれば

"習作"みたいなものではあるが、記念すべき第一作業となった・・・。

なつかしの薪置き場.JPG

この作業をやり遂げた満足感がエネルギーとなって、第一作業班は進化に向けて

走り始める。   (続)

雪の中で.JPG

2006年までは、これが活用されていた。(ことが写真の日付けで判る)

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コメント(2)

予備役班員 : 2008年9月 2日 15:50

山荘で薪ストーブに出会うまで薪を扱ったことのなかった
第一作業班。
薪置き場の検討会議を開いたものの,
「はて、薪置き場ってどんな風になっていたんだっけ?」
違う視点で世界に触れるようになると、
これまで目にしながらもほとんど印象に残っていなかった
ものを改めて見にいくことになる。

別荘地周辺の農家では?ほかの別荘ではどうしてる?
こういう好奇心で見てみるのって結構楽しいもんです。

ビニールテントの反動か、「よし、薪小屋を建てよう!」との
話になり、必要な材木の算段が始まりました。
「ちょっと待て」薪小屋に必要な機能は何?自分達の実力は?
熱い議論がやがて落ち着き、軒下に風通しの良い薪置きの台を
作ることになりました。
今振り返ってみると議論を冷静に導いたのは庵主様でした。

なにはともあれ記念すべき第一号。
(あれっ、スチール棚は作品から外れてる)
庵主様に評価いただいたのが嬉しかった。

賄い見習い : 2008年9月 3日 13:28

第一作業班賄い見習いのYです

「なつかしの薪置き場」を拝読して、今更ではありますが、
そんな歴史があったのかぁと驚いています。ネーミングの由来まで
明かしていただき、人気のTV連ドラのサイトにアクセスしたときの
ファン向けコーナーを見つけたときのような喜びに浸ってます。

予備役班員さんと言えば、私の親分ですが、
「薪ストーブの本を、見つけて買って来い!」
「薪置き場の本を買って来い!」と、仕事中に指令が下り、
「見つけるまで帰ってくるな」と、その表情まで思い出されます。
今となっては、よい思い出になりました。

【作業班の歴史】その1、その2を拝見して、こんなに大事な
資料の入手を任されていたのだと、改めて知りました。

その日は確か、洋書の取り扱いの多い「丸善」に捜しに行きました。

お恥ずかしいのですが、大森~鶴見の工業地帯の狭いアポートで
生まれ育った私は、(当時)「薪ストーブ」を見たこともなく、
「海外の裕福な人が、大きな別荘に置いているもの」
つまり、おとぎ話にでてくるような暖炉のイメージだったのです。

『薪ストーブ大全』なる分厚い本と、廃材で作る薪置き場など
3冊入手し、イメージと違うと怒られるのではないかと、
ビクビクしながら、お渡ししました。

・・・当時の私は、控え目だったなぁ。

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