最初の作業は、本格的な薪置き場づくり。枕木と材木の組み合わせ。このとき初めて
ペンキ塗りにも挑戦した。出来上がったのは、今は増築されている部分の軒下。
誰にも文句を言わせない格好の良い薪置き場となった。
ストーブの季節には、ここの戸を開けて薪を取り込んだ思い出。
「なつかしの薪置き場」という名前は、これを担当したN親方とK主任(当時)の
苗字を並べてみたものだが、これは例えば〈なつかライト〉なんかと
比べてポピュラーにはならなかった。 さておき下の写真(アルバムから複写)がそれ。
第一作業班にとっては今振り返れれば
"習作"みたいなものではあるが、記念すべき第一作業となった・・・。
この作業をやり遂げた満足感がエネルギーとなって、第一作業班は進化に向けて
走り始める。 (続)
2006年までは、これが活用されていた。(ことが写真の日付けで判る)
山荘で薪ストーブに出会うまで薪を扱ったことのなかった
第一作業班。
薪置き場の検討会議を開いたものの,
「はて、薪置き場ってどんな風になっていたんだっけ?」
違う視点で世界に触れるようになると、
これまで目にしながらもほとんど印象に残っていなかった
ものを改めて見にいくことになる。
別荘地周辺の農家では?ほかの別荘ではどうしてる?
こういう好奇心で見てみるのって結構楽しいもんです。
ビニールテントの反動か、「よし、薪小屋を建てよう!」との
話になり、必要な材木の算段が始まりました。
「ちょっと待て」薪小屋に必要な機能は何?自分達の実力は?
熱い議論がやがて落ち着き、軒下に風通しの良い薪置きの台を
作ることになりました。
今振り返ってみると議論を冷静に導いたのは庵主様でした。
なにはともあれ記念すべき第一号。
(あれっ、スチール棚は作品から外れてる)
庵主様に評価いただいたのが嬉しかった。
第一作業班賄い見習いのYです
「なつかしの薪置き場」を拝読して、今更ではありますが、
そんな歴史があったのかぁと驚いています。ネーミングの由来まで
明かしていただき、人気のTV連ドラのサイトにアクセスしたときの
ファン向けコーナーを見つけたときのような喜びに浸ってます。
予備役班員さんと言えば、私の親分ですが、
「薪ストーブの本を、見つけて買って来い!」
「薪置き場の本を買って来い!」と、仕事中に指令が下り、
「見つけるまで帰ってくるな」と、その表情まで思い出されます。
今となっては、よい思い出になりました。
【作業班の歴史】その1、その2を拝見して、こんなに大事な
資料の入手を任されていたのだと、改めて知りました。
その日は確か、洋書の取り扱いの多い「丸善」に捜しに行きました。
お恥ずかしいのですが、大森~鶴見の工業地帯の狭いアポートで
生まれ育った私は、(当時)「薪ストーブ」を見たこともなく、
「海外の裕福な人が、大きな別荘に置いているもの」
つまり、おとぎ話にでてくるような暖炉のイメージだったのです。
『薪ストーブ大全』なる分厚い本と、廃材で作る薪置き場など
3冊入手し、イメージと違うと怒られるのではないかと、
ビクビクしながら、お渡ししました。
・・・当時の私は、控え目だったなぁ。