7月7日の七夕に日に、神田明神の男坂下にある「章太亭」で、第一作業班の打ち合わせ飲み会が開催された。中島繁さんが見つけた店。その中島さん、柏木斉さん、長束泰孝さん、そして小生。
今や予備役風味で、むしろ食事班・・・という現状をくつがえすべく柏木A主任が川べりの工事を積極提案。長束親方、中島B主任も賛同。「第一作業班の名よ高かれ」と意気軒昂で酒すすむ宵。
この席で、このブログに「これまでの工事の歴史を物語として」という要請があったほかに、『ブログのために写真を撮るとか、主客転倒してはいかん』とかの哲学的な?話題も・・・。
ともあれ7月は、11日からの第三作業班、月末には大学同期(広研)、8月早々に名古屋からの来訪の西川、辻君。廣田さん、赤井さんら合流。8日からは上記の第一。お盆明けには宴4人組、そのあとMR阿呆、月末は小学校友人(軽井沢に恩師を訪問後に来訪)などなど、多彩。
また蓼科の夏が来た。
東京に出てきて30余年ですが、初めて神田明神にお参りしました。
江戸総鎮守。旧神田市場も築地魚市場も氏子となれば、第一作業班転じて食事班としては「明神さま」にきっちりお願いしとかないとね。
男坂を下って明神下に。
山荘の庵主さまは中学時代いわゆる”越境”で神田まで通っておられたとのこと。明神下の一帯は、その昭和の匂いを今に留めてなかなかの風情でした。
お店の手配をしてくれたN主任は元・講武所芸者の女将さんと親しく会話を交わす。庵主さまと言い、N主任と言い江戸情緒にうまく溶け込んでいる。ちょっと羨ましい。
さて肝心の作業打ち合わせ。
美酒に刺激されて久々に大規模土木工事付きのプラン。
8月の現地視察で詳細を詰めることになったけど、基本案は全会一致で盛り上がる。この高まりのピークが昨晩にならないことをひたすら祈りたい。
唯一具体的に決まった線引き用の赤いロープは手配しておきます。
長さは2M×4か、5M×4か。これによって作業の大変さが決まることになるので慎重に考えなくては。なにはともあれ8月が楽しみ。
明神下打ち合わせの数日後、庵主様と第一作業班賄い組
総料理長Fさんのお見舞いに出かけてきました。
5月中旬思わぬ大病で緊急入院をした彼が、
急性期病院からリバビリ病院に転院できたと聞き、
激励に行ってきました。闘病生活により80㌔を切ったことで、
かえって若返った印象もあり、合わせて順調な回復振りに
ホッと一安心しました。
庵主様からの
「入院中は模範的患者であれ、退院後は反模範的Fであれ」
の言葉に本人も殊勝な面持ちで「この秋には蓼科訪問が
できるようリハビリも頑張る」と決意表明。
「料理はともかく、買出しの指示は出来る」という
Fさんとの蓼科訪問が楽しみです。
頑張れ!!